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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)6号 判決

原告 森一株式会社

被告 特許庁長官

主文

昭和二十五年抗告審判第四一八号事件について、特許庁が昭和二十八年三月十七日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十四年八月一日別紙記載のような、中央の凹部に飾紐を付けたひようたんの図形を描き、その上部に二重の描線で「ひようたん印」の文字を左横書にし、全体を広狭二重の矩形の輪廓で囲つた商標について、第二十六類生糸、絹糸、人造絹糸、野蚕糸、天蚕糸、金糸及び銀糸を指定商品として、登録を出願したが(昭和二十四年商標登録願第一三、一六六号事件)、昭和二十五年七月八日拒絶査定を受けたので、同年八月十八日前記商標について、当初登録願添付の商標見本のとおり、すなわちひようたんの図形、飾紐の輪廓、及び周囲の矩形の輪廓のうち、内側の狭い部分を、いずれも金色、「ひようたん印」の文字の内側及び周囲の矩形の輪廓のうち、外側の広い部分を、いずれも黄色、飾紐の内部を朱色に、それぞれ着色を限定する旨の訂正書を提出するとともに、抗告審判の請求をしたところ(昭和二十五年抗告審判第四一八号事件)、特許庁は、昭和二十八年三月十七日原告の抗告審判の請求は成り立たないとの審決をなし、その謄本は同月二十六日原告に送達された。

二、審決は、

(一)、原告がなした前記着色限定の訂正の申出は、出願の要旨を変更するものであるから、採用できないとし

(二)、当初の出願商標については、登録第四八四八四号商標を引用し、原告の右商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないとしている。

右引用商標は、別紙記載のように、稍細長の瓢箪の凹部に飾紐を有する図形と、その上部に「瓢印」の文字を右横書にして構成され、旧第二十七類カタン糸、絹カタン糸、レース糸、シルケツトその他綿糸一切を指定商品とし、明治四十四年十月十四日登録、昭和六年十月六日及び昭和二十七年十二月十三日更新登録がなされたものであるが、審決は、原告の商標と右引用登録商標とを対比して、「外観は相違しているけれども、「ひようたん印」または「瓢印」の称呼及び観念を共通にし、かつ両者の指定商品は類別を異にしているが、現在の取引の情況に照し、互に類似した商品と認めなければならない。」と判断している。

三、しかしながら審決は、商標法施行規則第十六条によつて、商標に関し準用される特許法施行規則第十一条第二項及び第十二条に違反したものである。すなわち同規則第十一条第二項には、「特許局に書類、雛形又は見本を差出したる者は、審査、審判、抗告審判又は再審の繋属中に限り、これを訂正し、又は補充することを得。但しその要旨を変更するものは、この限に在らず。」と規定し、第十二条には「前条の規定の適用に関しては、独立の特許出願を追加の特許出願に、追加の特許出願を独立の特許出願に変更し、又は明細書に記載したる事項の範囲において、特許請求の範囲を増減変更するのは、その要旨を変更するものと看做さず。」と規定している。

原告は、昭和二十五年八月十八日着色限定の訂正願を提出したものであるが、右着色自体は、前述のように、当初商標登録願に添付した商標見本そのままのもので、これが着色を限定するも、前記法条にいわゆる「明細書に記載したる事項の範囲内において、特許請求の範囲を増減変更」するものに外ならないことは明白である。

そして右訂正された商標と引用登録商標とを比較すれば、両者は、(イ)外観において、着色の有無、瓢箪の形状、文字の記載から相違することは明らかであり、また(ロ)称呼において、前者は「金ぴようたん」印または「金ぴよう」印であるのに対し、後者は「ひさご」印または「ひよう」印で明らかに相違し、(ハ)観念においても、前者は金色の瓢箪を表わし、後者は単に一般の瓢箪を表わして、相違する。更に(ニ)指定商品においても、両者は類別を異にし、他類の商品は非類似の商品と見るのが一般である。尤も他類の商品間にも、類似の商品はないではないが、かかる場合は普通特許庁編纂の類似商品例集に、その旨が明記されているにかかわらず、本件出願について適用される類似商品例集には、かかる明記はない。

原告の出願にかかる商標の指定商品は、第二十六類生糸、絹糸、人造絹糸、野蚕糸、天蚕糸、金糸及び銀糸であるのに、引用にかかる登録商標の指定商品は、旧第二十七類「カタン」糸、絹「カタン」糸、「レース」糸、「シルケツト」その他綿糸一切である。審決は右第二十六類と旧第二十七類の商品は互に類似するというが、それは昭和二十八年四月改訂の「類似商品例集」によるもので、あくまで特許庁の内規であつて、法律上の根拠はなく、商標法施行規則第十五条は、第二十六類生糸、絹糸、人造絹糸、野蚕糸、天蚕糸、金糸及び銀糸と第二十七類綿糸、類毛糸を判然区別している。

しかのみならず右「類似商品例集」は、昭和二十八年四月に改訂されたもので、昭和二十四年八月一日に出願された本件商標の審査については、基準とすることはできないものである。そして当時の「類似商品例集」においては、両者は当然非類似の商品として取り扱われている。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

原告は審決が商標見本を着色限定に訂正する旨の申出を採用しなかつたことは違法であると主張しているが、仮にこれが訂正が許されたとしても、右商標の登録はやはり拒絶されるべきものであるから、その主張は理由がない。

すなわち、原告の商標と引用登録商標は、外観こそ相違するが、ともにその図形の主要部分である図形から、「ひようたん印」または「瓢印」の共通の称呼及び観念を生ずる。また両者の指定商品も、原告の主張するように類別は異るが、元来商品の類別は、審査の便宜に供したものに過ぎず近接する面においては、類似関係を生ずることを免れない。殊に現今極めて優秀な化学繊維製品の進出発展を見、その製品が多数市場で取り扱われ、品位、品質等について、綿、絹、毛等の繊維と識別し難いものもあり、またこれらのものが綿、絹、毛等と混紡せられた製品と、純粋の綿、絹、毛等の製品が、同一店舖で販売されている実情である。この実情に鑑みれば、これらの商品は、類似商品として取り扱うのが現在の実情に則した措置であつて、この理由から両商標の指定商品も互に類似したものといわなければならない。

原告主張の「類似商品例集」について一言すれば、右は過去における審査の実例を集成し、審査の便宜に供するために編集された特許庁内部における審査資料であつて、外部に公表されたものではない。元来商標登録出願の審査における商品の類否は、その時の取引界の実情に即して審査官が判定すべきものであつて、法律上の過去の審査例によつて拘束されるべきものでなく、当時における審査官の内部的な申合せともいうべき性質の右文献は、抗告審判事件における抗告審判官の商品類似の判定を法律的に拘束すべき何ものでもない。

しかのみならず、本件商標登録出願当時における特許庁の取り扱いの実情は、原告代理人の主張するところと異り、昭和十二年頃からステーブルフアイバー、人造絹糸等人造繊維の生産が促進され在来の繊維品と混用されるようになつたので、これに対応する政府の一般政策の制定に伴い、特許庁においても昭和十三年二月からは、糸類、織物類については、各々類別を越えて類否関係を判断することとなり(昭和十三年特商第二十八号)、爾来第二十六類、第二十七類、第二十八類及び第二十九類の商品は原則として互に類似するものとして取り扱うこととしているものである。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、よつて先ず原告が昭和二十五年八月十八日になした商標登録願の訂正申出が許されないものであるかどうかについて判断する。

この点について審決が、原告のなした着色限定の訂正申出は、出願の要旨を変更するものであるから、これを採用することができないとしたことは、前述のように、当事者間に争のないところである。

しかしながら商標法施行規則第十六条により、商標に関し準用される特許法施行規則第十一条第二項及び第三項によれば、特許庁に書類、雛形又は見本を差し出した者は、要旨を変更しない限り、出願公告の決定前にあつてはこれを訂正し又は補充することができる旨が規定されている。いまこれを商標に関してみれば、右の訂正補充は、ひとり指定商品の訂正補充に限らず、商標自体の訂正をも含むものと解せられる。けだし登録願に添付された商標見本が、何等かの理由によつて、出願者が登録を受けようとする商標と相違するような場合(たとえば永年使用して商標の登録を受けようとしたのに、登録願に添付された商標見本に何等かの誤があるような場合)、これが要旨を変更するものでない限り、これを訂正することが許されないとは、到底考えられないからである。

当初着色を限定しないで出願した商標の着色を限定するように訂正することは、あるいはこれによつて従来は存在しなかつた特別顕著性を付与し、この限りにおいては、要旨の変更を来すものと解すべき場合もあるであろうが、必ずしもすべての訂正がそのようなものとは限らず、訂正の内容が、商標の同一、類否の観点からは、何等の変更を来たすものでなく、訂正の後においても、なお従来のものと同一または類似の域を脱しない場合もあるであろう。そしてこれら後者の場合においては、もとより要旨の変更を来すものと解すべきではないから、右訂正を許容し、訂正された内容に従つて、その登録の許否を決定しなければならないことは、前述の商標の訂正補充の場合と異らない。すなわち着色を限定しない商標の登録願について商標の着色を限定するように訂正することが、常に要旨を変更するものであつて許されないものと解することはできない。

三、次に同じく商標法施行規則第十六条により商標に関し準用される特許法施行規則第十二条によれば、前記書類等の訂正補充に関しては、明細書に記載した事項の範囲内において、特許請求の範囲を増減変更するのは、その要旨を変更するものとみなさない旨が規定されている。

本件において原告が前記着色限定の訂正申立書によつて限定しようとした着色は、原告が当初商標登録願に添付した商標見本に施した色彩そのものに外ならないことは、これまた前述のように、当事者間に争のないところである。してみれば、本件における原告の着色限定の訂正は、「明細書に記載した事項の範囲内における変更」と解するを相当とするから、前段に述べた要旨変更の有無の判定をなすまでもなく、同条により「要旨を変更するものとはみなされず」、当然許容せられ、特許庁は、その訂正された内容に従いこれが登録の許否を判断しなければならない。

以上の理由により、審決が原告のなした訂正申出は、出願の要旨を変更するものであるから採用することができないとして、これについて実質上の判断をしなかつたことは違法といわなければならない。

四、被告代理人は、仮りに原告の右訂正が許容されたとしても、右は着色を限定しない原告の商標について審決が述べたと同一の理由により拒絶されるべきものであるから、原告の主張はその理由がないと主張するが、審決は、訂正の申出が許容された場合における原告の商標の登録の許否については何等の判断をもしていないから、審決において現になされた判断の当否について審理すべき本件訴訟においては、右被告の主張は、これを採用することができない。

五、原告代理人は、商品の類否の判定に関し、いわゆる「類似商品例集」の改訂の経過及びその解釈についても種々主張しているが、審決はすでに前三において説明した理由によつて取り消されるべきものであるばかりでなく、原告の主張するところは、もつぱら訂正された、原告代理人のいわゆる「金ぴようたん」印「金ぴよう」印の商標の審査について主張せられるべきものであることは、弁論の全趣旨に徴し明白であるから、特にこの点についての判断を必要とせず、原告の本訴請求は理由ありと認めて、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

(別紙省略)

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